Mr.HOBO
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自由って。
 なにになりたいかと訊かれたら、ぼくは「自分になりたい」と答える
だろうな、きっと。むかしはトッポジージョになりたかったし、タイガ
ーマスクになりたいと思ったこともあった。やりたいことをやればいい
とみんな簡単に言うが、本当にやりたいことを、また、やりたかった仕
事に就いているひとなんかいるのかなと思ったりする。
 内申点をとらなければランクが上がらない。だから点数をとるための
勉強をする。将来勝ち組に入るために遊ぶ時間もけずって勉強勉強、寝
不足の中学生。本当にこれでいいのかなと思う。反面、子供は大らかに
、勉強がすべてではないと豪語する一見ものわかりのいい親たちのほと
んどが、点数が落ちてきてからあせって塾や家庭教師をさがしたりして
。自学の習慣づけができていないのでますます自分でできない何でもひ
とを当てにする自立できない子供にしてしまい、典型的な無計画銭失い
状態にはまりこむ。どっちもどっちだが子は親を選べない、だから親の
考え方が子の人生を決めるのだと言える。子供の人生は子供の人生だか
ら子供の好きなようにさせる、でも好きなことをやるには学歴が必要だ
と宣告されたら、しかたないから勉強しようという、そんなライフにな
ってもしょうがないのかなと思いながらHOBO、子供たちの親と今日も
戦い続けるのだ。
 子供はもともと夢見るドラえもんで、最初からやる気のない子供なん
かいないのだ。ぼくが言いたいのは「現実」を目の当たりにすると、人
間デカイことを言わなくなって行く。いつまでもデカイことを言うから
子供であり、自信を失い、デカイことを言えないどころか何に対しても
消極的で、口数の少ないなで肩の子供なんか子供とは言えないな。ここ
でいう「現実」とは「点数」のことで、いつまでもデカイことを言って
のける夢のある子供にしたいなら、まず、親が夢のある生活をすること
、そして、大らかにデカイ心を育てたいなら、小さな頃から「自学」
習慣づけだけはさぼらないでほしい!1日30分でいいから!


 最近とくに思うがぼくは自由になりたいと空ばかり眺めている。とい
うことは自由ではないということになるな。先日、ある街の小学校の教
頭をしている古い友達に会った。坊さんをやっている友達もいる。それ
ぞれがそれぞれのライフスタイルのなかで、それぞれの悩みを抱きなが
ら生きているのかなと思うとなんか目頭が熱くなってしまった。おでん
をつまみながら笑う彼らの眼は、少年のころと何も変わらない。ぼくは
彼らの眼をまっすぐ見られる心を持っているのかと自身に問うた。
 自由になりたい。ぼくはぼくになりたいと思う。自分の書いた詩に自
分で曲をつけ、自分で演奏して自分で唄う。こんな自由ってほかにある
だろうか!ぼくはそれができ、それに賛同しともに生きる友がいる。や
りたい仕事に就くことが幸せなのか、不自由と感じる中から生まれる自
由が尊いのか、それは究極の選択だ。

 ぼくは恵まれている。自分の歌たちに囲まれて。
究極の選択を横目で見ながらぼくはこれからネクタイをしめて仕事にい
くところ。カーステレオから流れるぼくの「自由」に、ぼくの「自由」
に、ありがとう!

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2009/10/12(月) 23:35:04 | | #[ 編集]
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2009/10/12(月) 23:51:20 | | #[ 編集]
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