Mr.HOBO
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会いたい。
ぼくは吉岡秀隆さんがけっこう好きなんですよ。
このナチュラル感というか、平民な感じがいいと思います。
とくにこの映画の色が好きで、このシーンなどはぼく自身の人生と
かぶるところがあるんですよ。



やはり大好きなひとと暮らすのがいちばんいい。
どんなに苦労したって、どんな過去があったって、どんな格好だって、
なんだっていいよ。愛するひとと肩をよせて暮らしたい。
最近とくにそう思うのです。

会いたいな。


HOBO
コメント
この記事へのコメント
おはようございます。
ALWAYS三丁目の夕日、良いですねえ。
はらり こみあげておもわず手でぬぐってしまう。 
昭和30年の前半、東京
ノスタルジーというフィルター
魅力的な家族や愛すべき人達、なんどみてもいいですね。
つながり、絆、愛、
うまくいえませんが血のつながりだけでは、いいあらわせないもの、ある。
2012/03/15(木) 09:47:29 | URL | t.gray #-[ 編集]
t.grayさん
たしか昭和33年でしたよね、この映画の時代設定。
ちょうど自分の生まれた歳ということもあってか、
また、自分の親たちの青春というか、当時の生活ぶりが
なんともいえないナチュラル感を、ぼくは、感じるんですね。
ぼくは血のつながっていない父親と暮らしましたがこんなには温かく
なかったです。しかし、似たようなニオイはしました。
いまぼくらが暮らしているニオイはそのときとはちがいます。歌もそう、
ただ懐かしいニオイがあるだけじゃなく、息づくものがあるんですよ。

HOBO
2012/03/16(金) 09:45:50 | URL | Mr.HOBO #-[ 編集]
HOBOさん。お元気?
昭和33年かあ。私11歳。どこに住んでたかな。
人生で24回くらい引っ越ししたので、ちょっと考えてみないと、どこに
住んでたか学年を考えないと思い出せない(笑)。
福岡の、あるアパートに住んでましたね…
8世帯くらい入ってる複雑な構造のアパート。
人情厚い世界でしたよ。隣の部屋には、近くの東宝東映系の映画館の
雇われ支配人さん一家が住んでいて、よく映画の切符、母と私の分くれてました。
支配人さんはフランク永井という歌手に似ていた。
その人の奥さんは、ちょっと暗い感じの綺麗な人で、或る時、そこのうちの
子も含め、アパートの子供たちが縁側でトランプやってたら、
珍しくその女性が仲間に加わった。ポーカーやってたんですけれど、
3回くらいやって、3回とも瞬く間にそのお母さんというかお姉さんが勝ちました。^^
私5年生だったけど、勝負師ってこういうの?ってびっくりしました。
影があって妙に魅かれる人でした。
その頃、HOBOちゃんが産声を上げられたんですねえ♪^^
雑駁だったけれど、温かい時代だったような気がします。
いじめなんてものもあまりなかったし。近所の子たちは学年に関係なく
一緒に遊んでたし。そうそう。色彩はこんな感じでしたよ~。
2012/03/19(月) 00:04:50 | URL | 彼岸花さん #bKDOO.Zg[ 編集]
彼岸花さん
色彩ですね、
22年というとどんなんだったのかなあ、、
日本も大変なときでしたよね。
複雑なアパート、当然共同トイレ、共同流しだったと
思いますが、なんとなく想像できるキライじゃない
世界です。五木寛之さんが描いた筑豊地区のような
感じなのかなあ、、
ぼくの小さなころの遊び場は〈飯場〉でしたよ。母さんが飯場の
飯炊きをやってましたから。でもあの頃は今より確かに温かかった。
先日、山崎ハコさんの『織江の歌』をひさしぶりに聴きましてね、
ああ、昭和の歌姫は中島みゆきじゃなく山崎ハコだったんだとなにげに。

引っ越しはぼくもしましたよたくさん。
「ぼくなんかねえ、15回も引っ越ししたよ!」
って友だちに自慢した話を母さんにしたら、
「恥ずかしいからやめなさい!」
って叱られました。
うちの場合の引っ越しの理由は恥ずかしいものだったということ
になるのです。そんなこんなでした。
彼岸花さん、いつもありがとう。

HOBO
2012/03/19(月) 11:39:08 | URL | Mr.HOBO #-[ 編集]
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