Mr.HOBO
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
誰かのこころの中で生きてみたい。
 国中がタイガーマスクの善意に泪。まだまだ日本も捨てたもんじゃないのかなと
、日曜の朝、この記事を書いています。世の中には素直な人もいればねじ曲がった
人もいます。善意を魂胆としかとれない人や善意の価値も当たり前と考える人もい
ますから、ただ言えることはぼくならいくらお金があってもランドセルを買ったり
なにかプレゼントをしたりはしないだろうと思います。まあ、お金の問題じゃなく
、『こころ』の問題、ぼくはこころが貧しい、なにか、こう、恵まれない人に情け
をかけるようで、そんなことしか考えられないHOBOですから『こころ』が貧しい
というか、卑しいというか、恥ずかしいです、HOBO。

 母はぼくに恥ずかしい思いはさせまいとガンンバッて働きました。母子家庭でし
たからね。革のランドセルを買ってくれたんですよ。高いものというより、長持ち
するものという考え方、6年間も持つものですからね。クラリーノがほとんどでし
たからうれしかったですね、重かったけど。でもぼくはそのことで5年生のころだ
ったかな?かなり文句を言った記憶があるのです。革のランドセルは古くなると味
がでてきますが、その『味』が子供にはわからない。ペタンコになって、色もはげ
落ち、ランドセルのフタが外側にはねあがり、みんな「じじいのランドセル」とか
、「貧乏くせぇ」とか、馬鹿にされましたよ。クラリーノのランドセルはいつまで
もパンっとして古い感じがしない。あこがれましたね、クラリーノに。

 『想い』がつまったものは大切にしたほうがいいな。想いは金では買えないもの
。こころを受け取るということ。想いに泪するということ。親であれ子であれ、想
いは宝物だ。忘れてはいけないもの。ぼくのランドセルはどこにいったのだろう?
ペタンコなじじいのランドセル、貧乏くさいランドセル。母の想いがつまったラン
ドセル。クラリーノが欲しいとダダをこねた少年HOBO、困った顔の母。もう勉強
なんかしない!と泣きじゃくるHOBO。ランドセルは古くなるが想い出は決して古
くならない。古ぼけたりしないのだ。想えば想うほど光輝くもの、それが想い出。
施設にランドセルは贈れないけど、ぼくは身の周りにいる愛すべき人たちのために
曲を作ることにした。こころは色あせたりしない。なら、ぼくがいなくなってもぼ
くの曲は誰かの心の中で生き続けるだろう。歌はぼくそのもの。嘘がないもの。ぼ
くは誰かのこころの中で生きてみたい。


HOBO
コメント
この記事へのコメント
こんにちは。
そうですよ、HOBO さん。
曲をおつくりにならなければ。
うたえるひとは歌わなくちゃ。
描けるひとは描かなくちゃ。

…私は何をしよう?

ランドセルの思い出。
子供の気持ち、よくわかります。
わたしも子供が小さい頃、あまり子供らしい、流行りのものを
買ってやらない母でした。大人の目で見ていいものしか与えなかった。

今でも時々娘に恨み言を言われます(笑)。
でも、「あのとき、『そうかあ、これはダサいんだな。あれは上質なんだな』ということを、子供心ながらにおぼろげに知ったよ」と言ってもくれますから、母の教育は無駄ではなかったのでしょう(笑)。

思い出、大事になさってくださいね。そして機が熟したら、また歌に。
2011/01/22(土) 13:04:31 | URL | 彼岸花 #bKDOO.Zg[ 編集]
彼岸花さん
お元気、そして充電の進み具合はどうですか、彼岸花さん。
ぼくはやっぱり去年と同じ、仕事仕事仕事です。(苦)
録音の機材も楽器も部屋で淋しそう。
なんとかね、
仕事を一定期間休んで創作活動ができればいいと思うときがありますが、
またそうなればなったで難しいような。

今なら、革のランドセルを選びますね。6年間で仕上がり風格さえでる革の
ランドセルを。娘さん、お元気ですか?エッジの効いた表現をなさっているかな?
あとから振り返るとまぶしいぐらい光り輝く想い出。想い出があるぼくも彼岸花さん
も幸福者なんでしょうね。そうなだあ、幸福だから、おれ、作品ができんのかなぁ。

HOBO
2011/01/23(日) 08:17:48 | URL | Mr.HOBO #-[ 編集]
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。