Mr.HOBO
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国語のテストは散々だった。
 もしも自分の書いた詩を題材にしたテスト問題があったとして、それを
自分で解いたとしたら、おそらく採点結果は散々だろうと思う。「これ」
とは何を指しますか?とか、これは直喩ですか隠喩ですか?ぐらいならで
きるだろうが、「作者がなにを言いたいのか答えよ」なんて問われたら、
ドキッとするだろう。それほど国語というのは奥深い。自分で言いたい事
を自分で言い当てることほどむずかしいことはない。それほどぼくの作品
は支離滅裂だと言える。困ったもんだと思う。

 詩を読んでみんながみんな同じ感じ方をしたとしたら、その作品は素敵
な作品だと言えるだろうか?難解な作品がいい作品だとは言わないが、わ
かりやすく書くなら作文でいいのかなとも思う。詩っていったい何なんで
しょうね。ぼくはほんとうに詩を書いているんだろうか?と悩んだりする
ことがある。ランボーだとかヴェルレーヌだとか中原中也とか、頭をぱか
んっと割って見てみたいなと思ったりする。

 国語のテストは散々だった。

 言いたいことがこんなにたくさんあるのに、まだ唄えないでいる。ぼく
は詩人とは言えない。


HOBO
コメント
この記事へのコメント
こんばんは。
詩は滋養にみちている?
詩は血だから温かい?

と書いていた人がいた。

自分の中にあるイメージを言葉にする。

HOBOさん流の言葉で
表現で
イメージを紡いで行く

そして やはり リズム。 
2010/12/23(木) 23:57:28 | URL | t.gray #-[ 編集]
こんばんは。
先のコメントを読み手からとすると
書き手は、自分がいかにからっぽになれるか
心をこめないか
これって自分がかいたのかなあっていう感覚かも...
2010/12/25(土) 21:56:34 | URL | t.gray #-[ 編集]
t.grayさん
『書く』ということは『考える』ことだと思っていますので、
考えていることがカタチになっているのです。
想いがそこにあれば伝わるでしょうし、文章ってむずかしいですね。
ぼくはいまムショウに『書く』ということにあこがれていて、
それは書けていないからであって、それを忙しさのせいにして。
何も考えていないぼくはとてもウザイんでしょうね。
大好きなメガネも水色のダッフルコートもただぼくに貼り付いているだけ。
ぼくを選んでそこにいるわけじゃない。ぼくを選んでないのに
そこに居るんですよ!奇妙ですよね。
ただ『いま』という時だけははぼくを選んでほしい。
ぼくの為にある『いま』だと感じながら生きなければ!

t.grayさん、狂気のような幸福顔の自分に蹴りを
いれないと!ぼくはそう思いますよ。まだまだ幸福ですよ、ぼくらは!
ほら、この『ぼくら』をどう思うかですよ。

ありがとう。

HOBO
2010/12/27(月) 10:37:01 | URL | Mr.HOBO #-[ 編集]
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