Mr.HOBO
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無題
たとえばどんなときに
どんなときに君は凹んだりするのだろう?
君は君らしく生きているか?
ぼくは君のどこを
どこを愛しているのだろう?
なにも知らない
ぼくは君の何も知らないのだ

ぼくは君の中にぼくをさがす
君はぼくの中になにをみるのだろう?

たとえばどんなときに
どんなときにぼくは笑ったりするのだろう?
いつも君がぼくのそばにいて
「大丈夫!」と言ってくれたら
ぼくは君の背中にもぐり込んで
一日中笑っていられるだろう
なにもいらない
ただ君がいればいい

ぼくは君のなかにぼくをさがす
君はぼくのなかになにをみるのだろう?
コメント
この記事へのコメント
『きみ』というのは、特定の誰かではなく、『全き自分』というような
存在のことなのでしょうね。

人は、自分のことって、本当にわからないものなんですね。
2日ほど沈黙していた間に『笑い声』の続きを書いていたんですが、
ふと、自分は自分の笑い声を知らないことに気づきました。
私って、どんな声で笑ってるんだろう。
その時私はどんなふうに見えるんだろう…

…知らないんですよね。ちょっと愕然。
それと同じで、自分の姿って、人の方がよく知っていることも多い
んですよね。心のありようも、人の方がよく見えていることも
あるのだろうと思います。それはまずいですね。

私の『全き自分』はどこにいるんだろう…
それからはぐれっぱなしの彼岸花です。

2010/07/24(土) 15:50:11 | URL | 彼岸花さん #bKDOO.Zg[ 編集]
彼岸花さん
笑い声って、きっと
自分じゃ聴こえないものなんだと思いますよ。
こころの底から笑ったときは自分にはその声は聴こえないのですね。
つくり笑いしたときははっきりと聴こえます。
笑っている顔というのはいいものですよね。そう思います。
むかしの写真かなにかで笑っている自分がいたら、きっと声も想いだせる
かもしれないですね。
ありがとうございます、彼岸花さん。


HOBO
2010/07/25(日) 01:15:23 | URL | Mr.HOBO #-[ 編集]
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