Mr.HOBO
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頑張ろう!羅臼へ行くぞ!
羅臼ー帯広ー釧路
出張だあーっ!
GIBSON J-50を積んでいこう。
道東はブルースというよりはカントリーかな?
今回はライ•クーダー全開で行こう!
ひと月で10000kmも走るHOBO、
このライフスタイル、キライではない。ははははっ!

地図でたどってみてください。けっこうな距離ですから!
行ってきま~す。


HOBO
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活きるということ
 どんなにつらくても頑張れるのはなぜだろう?
なあ、へこたれてはいないか?
きみは生きているのだろうか?
生きていても活きていないのではないだろうか?
そんなぼくは活きているのだろうか?
ぼくは活きていると思う。

 生活のなかに『特別なもの』を持つべきだな。
有形無形こだわらず、それは高価である必要もないし、なんだっていい。
とにかく寝ても覚めてもそのことを考えること。自分だけの世界があること。
活きるということ。活き活きとした自分。ゆずれない域。特別なもの。
特別なものを持つということは自分が特別になるということ。
それに気づくこと。これじゃなければダメだというこだわりがあれば、
自分を明確に意識できるのだ。『特別なもの』を持つべきだ。
ぼくは活きていたいとつねに思う。

 まず、ぼくは特別な音を持っている。ぼくはカタチはそうでなくても
ブルースを唄う。ブルースとはジャンルでもない、スタイルともちがう、
唄わずにいられない叫びがあるということ。それは決して平坦なものではな
く、凸凹とした涙のながれる側溝のようなもので、とても熱い。ぼくはその
側溝を覗き込み活きているぼくを探す。毎日がそのくりかえし。
『ブルースな毎日』とはそういう意味なのだ。
ぼくは活きている。

 自分の色をつけるということ、それはとても重要だ。
自分らしくいられないということはとても不愉快だし、なにより、さびしい。
あなたがもしもいま自分らしくないと感じていたら、大好きな歌を想い出し、
大きな声で唄うがいい。特別な歌などそうはないものだと気づくはず。
想いが重なるこころの奥に、あなたの歌を持ってほしいのだ。
あなただけの歌。特別な歌。あなたが選んだ歌。選ばれたあなただけの歌。
あなたは活きているのだろう。

 いやなことがたくさん。無神経な言葉やウソや見栄とか無知とかいっぱい
の偽善があちらこちらに。ぼくはどんなことを言われてもどんなめにあって
も、くじけたりしない。『特別なもの』を持たない、特別というのは地位だと
か役職だとか年収だとか、酒場の女に本音をもらすような、飲酒と喫煙だけが
楽しみだと豪語するような自称賢者にいくらののしられてもぼくはくじけ
ない。ぼくときみとはちがうところで生きている。ぼくはね、知ってるんだ。
風に色があることも。成功者といえるひとはみんな偉いのか?金さえあれば
ほんとうにどんなものでも、こころだって買えるってほんとうか?地獄はある
のか?悪いことをしたら地獄におちるってほんとうか?悪いことをしても
捕まらなければいいのか?よろしくやってるやつはおいしいか?神はいるの
か?信実はあるのか?なにが悪い?なにがいい?

 そんなの知らん。
ぼくはぼくだけの音を手にいれた。ぼくには歌がある。
ぼくだけの言葉で、ぼくだけのメロディで、ぼく声で、ぼくは唄う。
 想う人がいる。特別であるということ。ぼくはきみの特別か?ぼくの歌
がきみの生活の一部になり、ぼくそのもがきみになったとき、
活きているのだと思う。 



HOBO
終わっちまったな。
 あ~!
やっぱりあそこで一気に逆転できなかったのが今年の巨人の運のなさな
んだろうな。やっぱり落合監督はすごいとみんな言うのだろうな。でも
好きになれんとです、あの人。巨人に落合がいたら好きなんだろうけど
他のチームにいるうちは好かんとです。いやな男ですたい。
 ピッチャーのここぞというときの球がいいな。あれでは打てん。もと
巨人にいた選手だとかいちど引退したような選手をよう再生させとる。
そのへんは学ぶべきだな。ハゲ頭は再生できんのですか?落合さんは選
手時代は腹で打ってましたね。監督になってからは痩せてスッとしまし
た。やはり管理者はデブだとだめか。選手のときは腹で打とうがハゲて
ようが関係ない。そんなの関係ないのだ。でもピッチャーがピンチにな
ったときなど落合さんの出て行くタイミングぅ~がニクい。選手を一言
でやる気にさせる、ん~、なにかがある。心憎い最強理想の上司の顔を
してるもんな。ん~、終わったな。雪が降って、溶けて、オープン戦が
始まる頃までおとなしくしていよう。誰かアメリカから連れてきてくれ
。170キロのまっすぐぅ~でクルーンを吹っ飛ばしてくれ。かれ以上
のストッパーがいないからかれに頼るんでしょう?どうなんでしょうか
ね?クルーンはコースを狙わず全部真ん中に投げたら。そしたら適当に
散っていいストッパーになるんじゃないかなあ?抑えが安定したら楽に
なるぞ~!それと、ガッツは髭をはやすべきだな、みょうに鼻のしたが
長い。ロングぅ~ですよ。ガッツは野武士。阿部はもーれつア太郎。ラ
ミちゃんぺぇーっ!


HOBO
母さんをいじめるな!
 みょうに味噌ラーメンが喰いたくなるときは疲れている証拠だ。
「50歳を過ぎるとしんどくなるぞ!」とおどされたものだが、
ほんとだった。とても疲れやすいHOBO、旭川で糖尿患者には命取り
とも言える濃厚味噌ラーメンを喰ってしまった。今日の記事はラーメン
のことを書くつもりはない、ラーメン屋での出来事を書くことにする。
ていうか、書かずにはいられないのだ。

 深夜の3•6街で開いているラーメン屋を探した。1週間ぐらい前の
ことだ。HOBO,ラーメンにはうるさいが、旭川のラーメンはウマい。
北海道では旭川のラーメンがいちばん性に合う。ふつう旭川といえば
醤油ラーメンだが、疲れているHOBO、この日は味噌ラーメンが喰いた
くなった。買い物公園のちかくにちいさいがウマそうな店があった。
表から中をのぞくと、カウンターの中におばあちゃんが3人見えた。
ばあちゃんの作るラーメンも悪くないと思いのれんをくぐったHOBO、
いらっしゃいもないみょうな雰囲気。まずいところに来てしまったか!
まあしかし帰るわけにもいかず味噌ラーメンを注文したHOBO。
小柄なおばあちゃんが2人、背の大きなすこし若いおばあちゃんが一人、
狭いカウンターの中で3人のばあちゃんがなんだかんだ喋っている。
作りながら喋られるだけで不愉快なのに、背のちいさいおばあちゃん
2人がなにやら喧嘩しているのだ。「あんたは何をやってもダメだねぇ、
とろくさい!」帽子をかぶった目の細いおばあちゃんがあごのしゃく
れたおばあちゃんに言う。あごのしゃくれたおばあちゃんは何を言わ
れても唇をかみしめながらひきつっている。なのに目の細いおばあは
「ほらっ!ゴマがこぼれてる!教えた通りにやればいいのに、この
老いぼれが!ったく!」老いぼれ?お前も老いぼれだろうが、と思っ
たが口には出さず聴いていたHOBO、さすがにムナクソ悪くなった。
あごのしゃくれているおばあはそれでももくもくとぼくの注文した
ラーメンを作っている。「はいはい、あんたは偉いものね、あたしゃ老い
ぼれ、はいはい」とちいさな声でつぶやいたのを俺は聴きのがさなかっ
た。「なにぶつぶつ言ってるんだ!早く作れ!まともに仕事できんなら
辞めちまえよ!」と目の細いばあは言った。俺はなにを言われても耐え
ているあごのしゃくれているばあを見ているとなんだか自分のおふくろ
を思い出してしまった。
「おいっ!このくそばばあ!」と、俺は年甲斐もなく語尾を荒くした。
カウンターの中のおばあ3人はきょとんとした目をしている。
「おまえだ!」HOBO、目の細いばあをにらみつけた。「さっきから聴い
てたけど、いいかげんにしろよな!このばあちゃんをいじめるなよ!
いっしょけんめいやってんじゃねえかよ!」

 俺は出されたラーメンを泣きながら喰った。750円のラーメン、
1000円札をくしゃくしゃにしてカウンターの上に置いてきた。
あごのしゃくれたばあはおつりを持って店の外まで出てきてくれた。
「母さん!うまかったよ!」と言ったら、あごのしゃくれたばあは、
泪をポロっと流したのだ。


HOBO
熊が出た~!
 先日、豊浦町の山道を走っているとですね、ライトのむこうに犬の
ようなものが見えたのです。黒くて、ずいぶんでかい尻の犬だなぁ~と
思って見ていたのですが、それはななめに横切って林のなかにきえたのです。
あれって熊でしょうかね? だったら怖い~!


HOBO
『朗読ライブ』
 最近、27インチのアップルにしたが、記事を書くならノートの
ほうが書きやすいね。モニターとキー、目を上下に動かすと頭が痛
くなっちまう。音を創ったり編集したりすとき以外はノートにしよ
う。
 
 札幌の中央区に『渡辺淳一文学館』という資料館のようなものが
あるが、その地下に80席でいっぱいになるようなちょっとしたホ
ールがある。11月12日には山木さんがそこでライブをやるとい
うので観にいこうと思っている。ぼくは正直『ふきのとう』のとき
から細坪さんより山木さんのほうが好きだった。ふきのとうの名曲
と言われているもののほとんどが山木さんの作品だ。とても繊細で
温かな山木さんの曲に細坪さんの声が加わり、『ふきのとう』は独
特なデュオになった。ぼそぼそと唄う吟遊詩人のような山木さんの
ソロライブに行こうと思う。

 いまぼくは曲創りにはげんでいるが、なかなかカタチにならずす
こし焦ってきた。『バアバの手』『とんぼの唄』など、今回の取り
組みはすべて自宅のPRO TOOLSでやろうと決めている。ドラムと
ベースとE•ギターは地元の仲間に頼もうと思っているが、それ以外
は自宅の真空管のマイクで録る。12曲録ったらCDにし、次はその
曲を持ってライブをやろうと考えている。さっきふれた『渡辺淳一
文学館』もその候補なので山木さんのライブのときそのへんはチェ
ックするつもりだ。音響、照明はホールの設備で充分なのか、サポ
ートスタッフ、企画のほうはどうするのか、考えている今が楽しい
ときでもあり、仕上がりの遅いぼくの才能のなさが際立つ毎日。
この『渡辺淳一文学館』でやるなら、『朗読ライブ』という手もあ
る。自分の詩を朗読しながら歌を唄うライブはちょっとめずらしい
のではないか。Mr.HOBOのソロコンサートにぜひ来てもらいたい。
MATONとGIBSONをステージにならべて、ピアノ、アコーデオンと
いうシンプルな編成でやれたらいいなと考える。どちらにせよ、自
分ひとりではできないので、皆さんの力を借りることになるな。ど
うかひとつHOBOを助けていただきたい。全曲オリジナルの朗読ラ
イブが実現したら素敵だろうな。普段の学習の眼が試されるときだ
。その日は近い。

 山木さんのライブに行こうと思う。


エレキでもアコでもロックはロック。
シェリル•クロウのアルバムは全部持っているが、特に1枚目と
2枚目は最高だと思う。とにかく楽曲が素晴らしく、シェリルはサポート
するメンバーに恵まれている。アレンジも売り出し方もシェリルを理解す
る者だから成功した。そういった意味ではジャンルはちがうが、ノラ•ジョ
ーンズに似ているのかも知れない。
 テレキャスターをこの位置で持たれたらグッとくるな。シェリル•クロ
ウはカッコいい。ギターがこれだけ似合う女はいないだろうな。キャンデ
ィレッドのテレキャスターもいいが、シェリルはアコースティックもよく
似合う。アコースティックギターで唄っても、ロックはロックなのだ。






アコースティックバージョンも聴いてもらうが、この足の開き方は
ただものではないことを物語る。そうだ、シェリルはただものではないのだ。



ぼくはシェリルが大好きです。

HOBO


これっきゃないだろう。
 HOBO、風邪ひいた。
点滴をしてもらったついでに血糖値をはかったら267もあった。
ぼくのDrはぼくに痩せることをすすめた。しかし、5kgも逆に太ったHOBO、
意志の弱いただの中年のオヤジだ。これ以上太ったら歌は唄えないだろうな、
みっともなくて。しかし、そうでもないんだな、こんな絵もあるぞ!





 まだ立って唄っていたころのB•Bの映像だ。HOBOに残された道は
これしかない! まあ、これは文句無しにカッコいい。クラプトンもフィル•
コリンズも素敵だが、B•Bはいい! お身体も大切に、B•B殿。


HOBO
きびしい? なんだそれ!
きびしい 
きびしい
辞めちゃえ
辞めちゃえ
きびしいなら
辞めちゃったほうがいい

大丈夫
大丈夫
それだけでいい
それだけでいい
それだけで頑張れる
もうちょっとだけやってみよう

上から聴こえてくるネガを
下はどのようにして受け止めよう
まちがいなく上はやる気をなくさせる天才で
遠目の効かないボンクラメガネ
情けなくなるほど自分の見えない上に
助言できるほどここは良い環境じゃない
がんじがらめというカメラ
カメラ目線のカザミドリ

朝から
きびしい
きびしいと
言われてみな
やる気など出ないから
頑張ってるのは自分ひとりで
やる気の風は下から上に吹くものだと豪語する
上は下にやる気を出させ
やる気の下を眺めてさらに奮起する

上とか下とか
なにをもって定義する
もともと
そんなものはない

きびしい
きびしいと言えば
首周り35cmのちんけな首が
さらに強く絞まるだけ

きびしい
きびしい
辞めちゃえ
辞めちゃえ
きびしいなら
辞めちまったほうがいいだろう



第三者話法
いやでいやでしょうがないのだろう
かれは尊敬できるひとと仕事がしたいと思っている
一番嫌いなひとに使われているかれだから
毎日が地獄のようだと思う
自分さえ良ければいい
すべてが馬鹿臭いと感じれば
きっとそうなってしまうだろうな

こころがくさってしまう
我慢の賞味期限はすでに切れている
かれは上司よりも頭がいいから
今までなんとかやってこれたのだ
争う価値もない
同情したくなるほど子供だ
子供には罪はないがかれの上司はあきれるぐらい罪深い
極刑をもって吊るすべし

詩を読むような上司ではない
空っぽな頭はシャボン玉よりちいさく
道ばたの小石よりも硬い
利用するだけ利用してやればいい
田舎者は持ち上げればどこまでものぼり
田舎者と気づかぬ者はどこまでも落ちるだろう

さあ
かれの上司によろしく
かれの上司にさよなら

かれは作品のなかで生きている
上司に媚びることのない世界で生きている
かれは上司を消すことだってできる
でも
そうする
価値もない


ジョー•コッカーはかっこいい!
 ボブ•ディランが以前なにかのインタビューで、
「最近、気になるアーティストはいるか?」と訊かれたときに、
『ジョー•コッカー』と答えていたのを思い出した。ずいぶん前のことだ。
存在感のある声。ぼくはこの手の声が大好きだ。唄い方もソウルフルでかっこいい。
肩をすこしとがらせて唄う彼はぼくのヒーローでもある。


誰かの『特別』であること。
 まあ、これは僕のブログなので何を書こうがいいのだろうが、ん~
、そうだな、酔っぱらいはキライだす。HOBO、酒はキライではない
のだが、ひとが酔っぱらって気が大きくなっているところを見るのは
耐えられんとです。いい齢こいてイェーッとか言いながら歌を唄い、
鼻の下をべろ~んとのばしている油気の多い男、スキだらけの女は好
かんとです。HOBO、こんなんですから会社の飲み会でも浮くんです
ね、ぽっかり。「唄え!」とうるさい同僚。「酒の席では唄わんよ」
と言えば「もったいつけるな!」なんてからんだり。「金を払わない
と唄わないそうです」なんて、まったくこんなで、だからHOBO,宴会
などは大の苦手だす。ホントにキライなんだす。あ、はい。
 
 僕にとって唄うということは『特別なこと』で、自分そのものなの
です。いいかげんな気持ちでマイクは握らない。こだわりの行為なの
です。酒のつまみにされたらたまんない。異常に盛上がるカラオケと
いう死んだモノ。BGMなら他の人でいいだろう、僕でなくたって。お
もろくない変な男HOBO,笑ってやっておくんなせい。

 酒を飲むならBARがいいな。バーボンかワイン。言葉の端っこまで
聴こえるぐらいのほどよい大きさのBGMが流れる窓際の席で、生き方
の洒落た人と語りたい。それは男でも女でもどちらでもかまわない。
僕はオシャレでない人は好きではない。なんでもいいという人とは語
れんとです。

 きのう、会社の飲み会でライターの話になった。僕は煙草が大嫌い
なのでライターなど縁がない。だからどうでもいいと思いながら聴い
ていたが、ある人は「ジッポーじゃなければだめ、香りを楽しみたい」
と言う。ある女性は「ライターなんか火がつけばいい、100円ライ
ターで充分」だって。まあ、どうでもいいのだが、僕はこの女性とは
縁がないだろうと思う。絶対一緒には暮らせないし暮らさないだろう。
煙草を吸うならこだわってほしい、ぼくはそう思う。火がつけばいい
だって。話にならんとです。なるほど、たぶんこの人はコーヒーを飲
むときもそうなんだと思うな。なんだっていい、インスタントだろう
が缶コーヒーだろうがちゃんとおとしたコーヒーだろうがみな同じ。
だからおそらくメガネだって見えればいいのだろう。顔の上になにが
乗っかっても気にならないのだから。なんでもいい、ただ酔っぱらっ
て騒いで、「あ~、楽しい!」だって。あ~、おそろしい。僕は恐ろ
しいのです、そんな空気が。

 ある男は、
「この絵を落書き?、凡人にはわからない!」と言ってのけた。凡人
ではない僕にはそれが理解できたのでその男とは友人になれた。
 ある女は、
自分の男は年収が2000万もあるのだと自慢したが簡単に年収の少
ない男に抱かれた。要するに誰でもいい女なのだ。だから僕はこの女
の『特別』にはなれないと思った。僕が誰かの『特別』になれないの
なら生きている価値はない。つまらない人生だ。とくに自分の『特別』
のない人たちと酒を飲み、イェーっとかいって盛上がる人たちのなか
にいるほど僕は落ちぶれちゃあいない。歌を唄うということは僕にと
って『特別なこと』。べつにカッコつけてるわけじゃねえ!


HOBO
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