Mr.HOBO
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専門店のありかた。
 遠慮しながらモノを買う、へんな話だと思う。遠慮する相手が自分
の嫁さんだとか親だとかならまだ解るよ、しかし、モノを売っている
店に遠慮して買う、そう、遠慮しながら金を払うのっておかしいと思
わないか?思うよ、俺は。
 昔、狸小路に高下駄をはいた店主のいるラーメン屋があってね、そ
この店主はかなりきてた。それこそ、喰うほうが遠慮しなければなら
ない店だった。たとえば、「かた麺で!」なんていったら、「なに?
黙って喰えないなら出てけ!」ってな感じで。だからみんな気を使っ
てビクビクしながら礼儀正しく食べさせていただく。それが話題にな
って客も行列ができるほど。面白いだろう?遠慮して金を使うのって

 俺の友達がやっていた喫茶店もそうだった。友達は偏屈な男だった
から、みんな彼の機嫌をそこねないように小さくなってコーヒーを飲
んだ。変だと思わないか?逆だろう?普通は店のひとが客に気を使う
ものだ。もしも客が「ここのコーヒーは美味しいですね」なんて言っ
たもんなら、「なに?美味しい?ウマいと思ったら黙って通えばいい
だろう!」ってな具合だ。「ありがとう」でいいのにと思うが、その
スジの職人にむかって褒める褒めかたを間違えてほしくないというこ
となのだと思うのだが。たしかに、ラーメン職人にむかって「ラーメ
ン作るの上手ですね」と言えば、まあカチンとくるかも知れない、そ
れにしても偏屈な店主のいる店は俺はキライではない。出すものに自
信があるのだろうな。

 HARLEY-DAVIDSONという乗り物は男を虜にしてしまう。HOBO、
できれば自分でいじれるようになりたいと思う。スナップオンとかマ
ックとか、精度の高い工具を使いこなし、壊れたら自分で直して好き
なように乗れたらどんなにいいのに。しかし、HOBOまったくの機械
オンチで、プラモデルでさえ最後まで作りあげたことがないほど、情
けないがHOBO、バイク乗りとは言いがたい。自分でできないならシ
ョップに頼むしかない、だから「お願いします」といってペコペコし
ながら金を使うことになるのだ。
 先日、某カスタムショップに顔を出したときの話だが、そこの店主
の技術を高く評価するHOBOはここでもシモベのように低姿勢。以前
ここでワイドグライドを購入して面倒をみてもらった経緯から、今回
もお世話になれないかお願いにきたというわけだ。
「あの~、お忙しいと思うけど、え~と、その~、こんなふうにして
、こ、こんな感じで、なんとかやってもらえたら . . . . . 」って。
そしたら店主、「悪いけど無理、手がまわらない」だって。それどこ
ろか「高いパーツ使うし、納期もいつになるか約束もできないし、安
くはできないかなねぇ」だって。だれが安くしてくれって言ったの。
まあ確かに、ひとりでやってる店だからしょうがないとは思う。ぎゃ
くに、簡単に引き受ける店もあるがそういうタイプの店は評判がヨロ
シクない場合が多いのだ。客からあずかったバイクを勝手に売りはら
ったり、金のことでもめたり、信じられないトラブルを抱え込むショ
ップも実際あるのだから。

 以前、HOBOもラーメン屋をやろうかと考えたことがある。俺なら
メニューは増やさない。「ラーメン」一品のみ。味噌も醤油も塩もな
い、「ラーメン」のみで勝負したいと考えた。みんなそれは無理だか
ら止めろと言った。よく、セットメニューを企画するラーメン屋をみ
かけるが、それは食堂のやることで専門店はそれを企画した時点で終
わりだと思う。カレーもやったら出るかも、ぎょうざぐらいなら手間
もかからないな、あれもやってみよう、これも。こんなラーメン屋を
やるぐらいならやらないほうがいい。おれはラーメン一本、それも味
はひとつのみの。この前の記事でふれた旭川の「蜂谷」だが、そこは
それこそラーメン一本醤油のみでやってた店。だけど最近セットメニ
ューをやりはじめたのだ。客に媚びてるということだ。観光客相手だ
とどさくさに紛れてあれもこれもついでに売ってしまえ!この発想が
専門店愛好家のこころを傷つける。客はその店のこういうところがキ
ライだとか言ってくれないからなにも言わずにサヨウナラ~。「あれ
? なんかこのごろ常連がこない、観光客ばかりだな」と思ったとき
はもう遅し。ってな感じで、やはりはっきりくっきり文句を言う客は
大切にすべし。なんてね。一品しかないメニューをめざし来てくれる
客は本物だ。これしかないというこだわりがある。俺をえらんでくれ
たのだから口コミも強烈。店の力はこの図式が作るもの。俺なら、醤
油も味噌も塩もない「ラーメン」にこだわる。じゃないと客に失礼だ
からだ。高下駄を履いて竹刀を振り回し、「気にくわんなら出てけ!
」そんな店が大好きだな。ウマかったらまた行こう。着てくれるとい
うことはウマいということだ。偏屈なんかじゃない、それが職人相手
の会話なのだと思えばいい。そう、それでいいのだ。

 HARLEY-DAVIDSONのカスタムショップをもしもHOBOがやった
ら、思いきり客を選ばせていただく。そして自分のすきなバイクしか
作らない。べつに自分でなくていいなら他の店に行けばいい。そんな
の知らん。「商売甘くみたらあかん!」と言われるだろうが、「あり
がとう!」は客から言ってもらうものだ。客に俺というものを提案し
、俺という考え方に乗ってもらう、これが俺のいうカスタムショップ
のあり方。
 ふむふむ、そうだったな。俺このまえそんな店に断られた。なんて
こった。俺、きっと自分の好きなバイクしか作らないけど、高いパー
ツを組み込むだけの部品交換みたいな仕事はしないだろうしカッコい
いとは思わない。そう、そこが君と俺のちがうところだ。

 自分でいじれるようになろう。
そして専門店に行くのはもうやめよう。金がいくらあっても足りない
からだ。金がいくらかかってもいいからアナタに頼みたい、いまのと
ころそんな素敵な店は見あたらない。「バカヤロー!」と言ってやり
たい。「何様だと思ってるんだ!俺を断るなんて . . . 」

なんてね。

へへ。



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X のつかない人生


  成功もない 失敗もない

   X のつかない人生

   そんなのつまんないな

  思いきり踏み出して越える山

  踏み出せずして立ち止まる途

  X のつかない人生

  そんなのつまんないな。
越えられないオリジナルという域
 カロリーオーバーという親友を持つHOBOはたしかに暴食だ。
美味いモノは身体に悪いことになっていて、身体によいものは美
味くない。身体がそうできてしまった。まずいと思っている。禁
煙を宣言し、つらいつらいと口走り、必ず今度はやめるんだなど
と言っているひとはやめられない。やめると言った瞬間にすでに
やめていないとダメなのだ。ぼくの暴食はやめられない、だから
上手くつき合うことにした。

 先日、旭川に行ったとき、ひさびさに「蜂屋」のラーメンを食
べた。昔からみると最近は味がおちたという人がいるが、やはり
美味い。好きずきといえばジャンジャンだから、あくまでもこれ
はぼくの主観ということで勘弁してもらいたい。ウンチクはわか
らないが魚のスープが個性的で、青森の「マル海」など寄せ付け
ない美味さがある。いくら上質の魚を使おうが、いくら麺にこだ
わろうが、これを越える味をぼくは知らない。オリジナルの域な
のだ。
 たとえば、帯広の「ぱんちょう」の豚丼。なぜか帯広は豚丼が
名物で、数えきれないほどの豚丼屋が存在する。「ぱんちょう」
よりも上質なロースを使う店も存在するし、ちゃんと備長炭も使
っている。だけど「ぱんちょう」を越える味をぼくは知らない。
地元のひとは観光客の行列を横目に、「味がおちた」と言うが、
このオリジナルは越えれない域なのだ。
 たとえば、札幌の「だるま」のジンギスカンをマズいという人
がいるだろうか? やはりここも最近味がおちたという人がいる
がそうだろうか? 周りにもっといい生ラムを使い、やはり備長
炭で焼く店もたくさんみるが、ここの味を越える店をぼくは知ら
ない。ぶつ切りで出される無頓着さが、一枚一枚肉の皿が重なる
快感は病みつきの極地であろう。これをオリジナルと呼ばず、な
にをオリジナルと呼ぼう。

 
 最近、古いハーレーをいじっているが、やはり社外のパーツは
品がなく味気ないと思う。オリジナルパーツの美しさと雰囲気に
はかなわず、ここにも越えなれない域があるのだ。センスの良い
カスタムとは社外の高いパーツをプラモデルのように組むのでは
なく、オリジナルの良さを引き立てるような控えめな主張のこと
を言う。春を待つぼくのバイクはオリジナルパーツで組まれた低
い低い黒いマシーンなのだ。 
 最近、アメリカやカナダなどの個人制作家のギターがいい音を
出している。作り込み、材料、デザイン、どれをとっても素晴ら
しく文句のつけようがない。だけどぼくはどうしてもGIBSONの
ギターに手がのびる。それはオリジナルの良さを知っている者だ
けが行き着く「域」で、虜にさせる魔力はオリジナルの持つ独特
な匂いに他ならならず、それは鼻で感じるそれではないのだ。感
じるところに吹く風のことをオリジナルといい、とても心地のよ
い域である。
 

 ぼくというオリジナルはいつになれば完成するのか。やれやれ
と歩くぼくの道に。カロリーオーバーという僕の親友に。越える
ことのできないオリジナルの域に。



HOBO
懐かしさを握りしめて
 身体の線がくずれてきたり、頭が薄くなったり、ものわ
すれれがはげしくなったりする年頃だな。HOBO、齢をと
った。でもオヤジではない。オヤジとは懐かしさを握りし
めて唄う男のことをいう。

 「おやじバトル」だったかなんか忘れたが昨日もおとと
いも深夜、オヤジたちが演奏バトルする番組を観た。って
いうか、観てしまった!ほんとうにオヤジだった。齢をと
ってもカッコいい男は素敵だな。齢をとってもカッコいい
男のことをオヤジとはいわない。残念ながらこの番組に出
ていた男たちは間違いなくオヤジ、それも筋金入りのオヤ
ジだったのだ。
 腹が凸ていようが禿げていようが関係ない。どこをみて
生きているのかということだ。「昔はカッコよかった」い
ちばんいいのは昔で、目を細めながら遠くを眺めている男
のことをオヤジという。カッコいい男は過去をふりかえら
ない。すこし照れながら懐かしさを握りしめて唄う男の歌
は、悪いが聴くに忍びない。こちらが照れてしまう。ギャ
ラリーを照れさせてはいけない。てれさてんではない。?
いまがいちばんカッコよく、明日はもっとカッコいい、こ
れが男だと思う。それが男ぞ!
 むかしの自分の歌を懐かしむように唄う時期があった吉
田拓郎はオヤジだった。でも、今のかれは懐かしさを握り
しめて唄うあのころのオヤジではない。新しいアルバム、
新しい曲、新しい言葉、ウエリントンをかけた吉田拓郎は
素敵だと思う。 玉置浩二はいつも新しい。やってること
は変わらないがとてもセンスがいい。髪は白く、シワが増
えてもオヤジではないのだ。

 オヤジBANDを観て「俺も出てやろう!」と思った。で
もや~めた。俺はオヤジではないからだ。オヤジとは懐か
しさを握りしめて唄う男のことをいう。腹も出た、髪もう
すくなった、耳毛も生えた。  どうだ!カッコいいだろ
う!

 俺は懐かしさを握りしめて唄ったりしねぇんだよ!





根っから貧乏性。
 ふつう、高いものを買ったときに自慢するという心理はわかるんだ。
「思い切って買ったさ!」と言ってブランド物のバッグを友人に見せたり
するのはごくふつうの風景。しかし、安いものを買って自慢する人も
いるのだ。
 ぼくの母は安いものをうまくみつけてくる。「これ、100円だったさ」
「ほら!これなんか600円のが半額だった!」と自慢する。ぼくは
バナナが好きで仕事の帰りに1本だけ買ってくる。母はぼくのバナナ好き
を知っていて、「ふむふむ。」とか言ってそのバナナはいくらしたのかと
ぼくに訊く。「100円だよ」と言うと驚いたような顔をして「1本
100円もするの?」と責めるような言い方をする。次の日ぼくが疲れて
帰ってくるとバナナが6本もビニール袋に入ってテーブルの上に置いて
あった。「どうしたの?これ」とぼくが母に訊くと「6本で280円だっ
たから買ってきた、おまえバナナ好きだから」と、すこし自慢げに。
うちの冷蔵庫には賞味期限が切れそうなウインナーや、イカの唐揚げ、
ハンバーグなどがいっぱい入っている。母がぼくに食べさせようと思って
買ってくるのはありがたいが、期限切れの食品をあとから処分するなら
買ってこなければいいのにと思うのだが。母は安いと買わなきゃ損と思う
らしく、食品売り場の戦略にまんまとはまっている。


 先日、母はひとりで温泉旅行に行ってきた。2泊3日の短いものだが。
腰が痛い母は温泉が好きで、そういえば1ヶ月ぐらい前から僕にアピール
していた。「テレビでね、温泉の安いツアーがあるんだって、たまに
ゆっくりするのもいいもんだろうねぇ」とか、「みてごらん、いいねぇ、
このお風呂、食事も、お刺身も茶碗蒸しもついてる!」と新聞に入って
きた広告をぼくに見せる。「そんなに行きたいなら行けばいいのに」
と言うと「えっ!いいの?」と嬉しそうな顔をした。
 じつはすでに予約してあったらしく母はさっそく海外旅行でも行くよう
な顔をして「行ってくるから!」と言ってバス停まで歩いていった。
「送るかい?」と言っても「いいから、いいから」と鼻歌なんか唄って。

 母は月1000づつ温泉旅行特別貯蓄をしていたらしく、といっても
母のふところに貯蓄するタイプのもので、母らしいと思い笑ってしまった。
「そんなことしなくてもそのぐらい出してあげるのに」と言っても、
「それじゃ意味がないいだよ、」と。母の育った時代と今とではまった
く違う。恵まれた時代に生きているぼくらとでは考え方がちがう。
みょうにテカテカした顔で帰ってきた母は嬉しそうだった。痛かった腰
も少し和らいだをいう。「よかったね、よかったね」と言うと「うん、
うん」と首をたてにふる子供のような母だった。


 ぼくは酒も飲まないし煙草も吸わない。酒はきらいではなくむしろ
好きなのだがDrがダメだと言うからしかたない。じゃあ、なにも楽しみが
ないのかといえば全然ちがい、ぼくを知っているひとならわかると思うが
ぼくほど好きなことをしている贅沢趣味人はいないのかとも思う。
外食をやめようと思う。まずは帰ってきて冷蔵庫を開け、母の買って
きた安いものを工夫して食べよう。節約して選び抜いた一品と母の想い
をもっと大切にしよう。毎月1000円貯めるために母は地下鉄に乗って
交通費をかけて(笑)安いものを今日も探す。
根っからの貧乏性。母にたとえ沢山のマネーを渡してもこれは治らない
だろう。安いものを買って自慢するHOBOの母。

 ふむふむ、
また今日もぼくのバナナをみて鼻をならすのだろうか?
温泉にはいってツヤツヤになった78歳の老人をみて、ぼくは涙がでた。
もっといい温泉に!もっといい食事を!もっと裕福な生き方を!
ぼくが言えば言うほど、
母は、ふむふむと笑うだけだった。


賞味期限ぎりぎりのウインナーを焼いて食べよう。



HOBO
このスタイルにあこがれた。
バンクーバーオリンピックの閉会式にニールが出たことを
知らなかったHOBO、後悔。

このスタイルにこの匂いにあこがれた人も多いのではないだろうか?
いつ見ても必ずチェックのシャツを着ていて流行なんか気にしない。
だけど決して野暮ったく見えない超人ハルクのような彼。ぼくは
ディランと同じぐらいニールにあこがれた。なぜかいつもマーチン
のD-45。ハカランダの45を叩き付けるように弾く。ハーモニカを
吹きながら座って唄うスタイル、ディランよりこの人のほうが似合っ
ているかもしれない、そう思う。

それにしても、鳥を次々と出すマジシャンのように、ニールは何本
上着の内ポケットからハーモニカを出すのだろうか?


どうして旅に出なかったんだ?
やめたら駄目だ。俺と生きよう!
降りたらだめだ。俺と走ろう!
折れたらダメだ。俺と唄おう!

生きることは旅なんだとさ。

だから
俺と生きよう!
死んだらダメだ!


朝刊を配る音がしたら
 ぼくは以前、5年間ほど新聞配達をしたことがある。子供のころ
ではない。わりと最近。

 3時に起きてチラシ入れに遅れないように営業所に行く。当然、
まだ外は暗い。冬の寒い朝、除雪の入っていない新雪の上にはじめ
に足跡をつけるのは新聞配達員の仕事だ。長靴の隙間から冷たい雪
が入り込む。夏の雨の日も辛かったな。カッパがべたっと身体に貼
り付いて気持ち悪い。肩からかけたタスキが肩に重く、雨が沁みた
スニーカーはクチュクチュと音をたて、カッパの下のシャツが汗で
べたべたになる。誤配や未配は御法度で、休みたくても休めない、
ぼくはこの責任のはっきりした仕事を5年間もしつづけたのだ。 
それでも新聞を配り終えるころ、すこしずつ空が白茶けてくる。こ
れから始まる一日に「おはよう!」と、つぶやいて。
 ひとがまだ寝ているときに自分で起きて仕事にいくのはとても孤
独だ。くじけそうになる。だから新聞奨学生はとても立派だと思う
。ぼくがもし企業の社長なら、まちがいなく過去に新聞配達をした
ことのある人材を採用するだろうな。例外なく心が強いと言い切れ
るからだ。それほど新聞配達はキツい仕事だと思う。作業そのもの
がキツいのではない、ひとが寝ている時間に自然に立ち向かうこと
が辛いのだ。待っている家に新聞を届ける、tだそれだけのことなの
に!おかげさまで、ずいぶん心に筋肉をつけさせてもらった。働く
ことは責任を覚えること、ほんとにそうだ、そう思う。
 
 ひとは夜寝るもので、そうしたほうがいいと思う。やくどころと
いうものがあるが、夜勤者には「ご苦労さん!」といってやろう。
例えば交代制の看護士やヘルパー、タクシードライバー、警備員、
次の街まで寝ないで走る営業マン。もっと敬意をはらい「ご苦労さ
ん!」と言ってやろう。そうすべきだと思うな。夜勤明けの看護士
さんやヘルパーさんとどこかですれ違ったら「ご苦労様!」と言っ
てやろう。飲んだ帰りに乗ったタクシーの運転手さんに「お疲れさ
ま!」と言ってやろう。寝ないで走る営業マンが営業所に帰ってき
たら、みんなで「お疲れさん!」と言ってやってくれないかな!
でかい机の前でふんぞり返ってる内勤者の方々、あなたがぬくぬく
出前をとっているとき、あなたが飲み屋の女を口説いてるとき、あ
なたがよだれをたらして眠ってるとき、歯をくいしばりながら働い
ている部下がいるんだと、思いやるこころを持ってほしいな。まっ
たくその逆も言える、中を守ってくれる人がいるから安心して戦え
るのだから。自分さえよければいいというひとはシステムの中に入
ってはいけない。家族というシステム、会社というシステム、社会
というシステム。4歳の子供を殴る父親の映像をみた。父と母が食
事しているのに子供は「ぬかれた!」と記者に言う。そして殺され
た。自分さえよければいいという考え方の究極は殺人かと思えば、
殺人者と同じ頭の人間がそこらに普通にいることになる。「ご苦労
さん!」と言ってやろう。


 いまぼくは久しぶりに家に帰ってきた。くたくたになった身体と
よれよれになった心をたずさえて。午前5時、そろそろ朝刊がくる
時間だ。はあはあと息を切らして汗びっしょりの朝刊をドアに差し
込む音がきこえたら、ドアの内側からでもいい、聞こえなくてもい
い、「ご苦労さん!」と言ってやろう。

 こころの奥で。
「居酒屋•拓郎」
 このまえAKKIと「居酒屋•拓郎」に行ってきました。
ふたりともエフェクターの眼鏡をかけて。「拓郎」という名前の
居酒屋があるということは知っていましたが行ったのは初めて、
ふらりとのれんをという感じで。
 この店は名前のとおり吉田拓郎オンリー、かける曲もディスプ
レイも拓郎一色。ステージも用意してあり、そこに置いてあるギ
ターも拓郎が使用していたモデルと同じものがぴょこんと置いて
あり笑っちゃうぐらい懐かしい空間でした。マスターは聞くとぼ
くと同い齢で拓郎というより吉幾三似、すいません、マスター。
リクエストして何曲か唄ってもらいました。たまたま居合わせた
お客さんが、ギター、ベース、ドラムと、即興バンドができあが
り、AKKIとぼくのために唄ってくれたのです。
 HOBO,拓郎を語らせたら右に出る者などないと思っていました
が、ははは、上には上がいるもので、いや、さすが「拓郎」で喰
っているだけあって詳しい詳しい。石川鷹彦さんや小室さん、猫
やおケイさんもよく来るという。こんな一途な店もあるんだねと
帰りの車のなかでAKKIと会話。「唄えばよかったのに」とAKKI
,HOBOめったにひとの歌は唄わないのでね、やるとしたらなにを
やろうかな?「ローリング30」なんかいいかな?
 ギターストックできる「居酒屋•拓郎」。唄うなら拓郎
の曲じゃないと駄目。客の99%が拓郎ファン。ぼくが札幌に出
てき19歳のときからすでにこの店あったので30年以上も営業
してるんですね。いまこの時代に、出店出店、閉店閉店の時代に
、同じ場所で30年も営業できる店が何件あるだろう?HOBO思
う、管理能力と客を愛するオーナーの人間性がこの店の誇りなの
かなと。「また来てくださいね」とマスターは店の入り口まで出
て来てくれました。マスターという一人の男の人生を決定づけた
「吉田拓郎」という男は素敵だなと思う。九州や大阪、名古屋や
神戸、きくと色んな街に「拓郎」という店があるらしい。「陽水
」とか「こうせつ」という名の店はあまりきいたことがないので
す。


 「少し練習してさ、今度アッといわせようぜ!」と、おれ。
「そうだな」とAKKI。まだ寒い札幌の夜、「ここにGONがいたら
な」と、そんなことを思ったりして。


我が家にTVがやってきた!
 母もずいぶん年老いて楽しみといえばTVを観ることぐらいで、煙草
をぷぅーっと吹かしながらJ-COMの裏番組、時代劇などを毎日のスケ
ジュールにうまく組み込んでいる。「楽しみがこれしかないからねぇ」
とまた煙草をぷぅーっと吹かして。
 
 最近のTVは性能もよく、色などはメーカーの特徴をアピールするま
でになった。液晶の画面はひとの肌の毛穴まで映し、ぼそぼそと呟く
記者会見の「ちぇっ!」まで聴こえるスピーカーをもつ。一家に1台
ではなく今はもう一部屋に1台、たとえは悪いが刑務所の房の中にだ
って1台はある時代だ。真央ちゃんの泪の跡だって完璧に映し出し茶
の間で観ている日本国民と4年後の約束をした。

 我が家にTVがやってきたのはぼくが幼稚園のときだと記憶する。小
学の低学年のときには箱のようなTVの画面の前になにかスクリーンの
ようなものをつけ、「カラーテレビだ!」と盛り上がったのを覚えて
いる。ぼくはいつも知り合いの家に行き、そのカラーテレビもどきの
前にちょんと座った。「やっぱりカラーテレビはいいなあ!」などと
いい、ウチにカラーテレビがないことを母にずいぶんとおねだりのH
OBOだった気がする。知り合いの家にはぼくの同級生もいたし、その
友人の姉が3人もいたかしましい家だった。みんなでチャンネルの奪
い合い、その奪い合いのなかには他人のぼく、特別参加はみとめられ
てはいなかった。友人の姉さんたちはメロドラマのような番組やサス
ペンス、刑事ものなどをこのんで観た。いまのようにたくさんの番組
があるわけじゃないので、あきらめるようにしてTVの前にすわる少年
HOBO。ドラマをみながら「ほらほら、この男が犯人よ!」とか「ひぇ
ーっ!イライラする。さっさとやっちまえばいいのに!」とか年頃の
女性3人の解説がいまいましい。だけどぼくも「うん、うん」とうな
づいて特別参加の謙虚さを忘れたりしない。ただそのTVの前にとりつ
けたスクリーンのような「もどき」が見たく。

 

 さあ!我が家にも本物のカラーテレビがやってきた。液晶のバカで
かいすばらいいやつだ。テレビしか楽しみのない母の喜ぶ顔が見たか
ったから、オリンピックをでかい画面で観せたかったから。NHKの連
ドラを、コンサドーレに入ったゴンの勇姿を、稲葉ジャンプで揺れる
札幌ドームの模様を、煙草をぷぅーっと吹かしながら笑う母に喜んで
もらいたくてHOBO新しいTVを購入した。長持ちしすぎる今のTVだろ
うから、母にとって最後のテレビになるのかも知れないな。「いい!
値段なんか安くなくてもいい!この店で一番高いテレビ持ってこい!」
なんてヨドバシカメラの店員に言ったら、「やめてけれ、恥ずかしい
よ、母さん」と、母はぼくの上着の袖をつかんだ。

 
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