Mr.HOBO
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ハングリー•ハート
 あこがれのスタイルがある。
つねに男として頭の中にあるあこがれのスタイルが。

 Brues Springsteen。ブルース•スプリングスティーン。
俺はこの男にあこがれた。アメリカそのもののような彼のスタイルに。
カッコいい男とはこういう男なのだと、HOBO、かなりのフアン。

 男はバイクに乗る。ハーレー以外はバイクではない。
革ジャンはショット。それも水牛の絵のついたラベルのオリジナル。
ブーツはレッドウイングのエンジニア。革ジャンはラングリッツ、ブーツ
はウエスコのほうが良いのかもしれないが、ここではこれでなくては駄目
なのだ。生活感のある普通のバイカー、スプリングスティーンからはそんな
匂いが漂ってくる。
 かれはテレキャスターがよく似合う。レスポールの匂いではない。
太い首、肩の筋肉、メタボではない腹。男はこうでなくてはならない。
いつまでも501が似合う男。太い首にはガボールのチェーン、まちがっても
クロムハーツではない。中指にはでかいスカルの指輪。ヒェーっ!参ったな。
俺はそんな男にあこがれる。外見だけじゃないぜ。っていうか、この手の
スタイルはほとんどがチンピラに見えるから要注意!そうはなりたくない
ものだ。ふむふむ、なりたくないな。それがね、それが内面が作る部分なのだ
と思うのですわ、はい。
 
HOBO、今年こそはバイクに乗る!
この男にあこがれた。
なつかしい曲だ!


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黒くて太くてデカイやつ。
 メガネが大好きだ。黒ぶちの太いやつ。

 HOBO昔からメガネが好きで、
じつは視力はそんなに悪くないHOBO。
運転免許の更新にぎりぎりぐらいだからそんなにレンズも厚くない。
一山のまるい昭和天皇がかけていたようなメガネに凝った時期も
あったが、今は黒ぶちの太くてごついウエリントンやボストンタイプ
のクラシカルなフレームにぞっこんだ。
質の良い眼鏡フレームのほとんどが福井県で作られているそうで、
MADE IN JAPANも捨てたもんじゃなと思う。

 連日、小沢一郎氏のことがTVで騒がれているようだが、
ふむふむとうなずくような面白いことがきのうHOBO家の夕食卓で。
「どうして小沢一郎氏は不動産や土地をそんなにたくさん
持つ必要があるのでしょうか!」と言葉を強めて某レポーター。
ふむふむと、おしんこをかじりながらHOBOの母。
「どうしてお前はそんなに同じようなメガネをたくさん集める
必要があるんだろうね?」と母はレポーターのようなこという。
HOBO、小沢さんのやってることがいいのか悪いのか申し訳ないが
あまり興味がないのでわからないが、HOBOのメガネのことと小沢氏の
土地不動産のことを一緒にして語るHOBO家の夕食卓の絵が楽しくも
思えたり。
ふつう、メガネを100個も持ったりしないことはわかります、はい。
普通じゃないことも、はい。しかし、ぼくはそれがおかしいとは思わないし、
ぼくの唯一?の気分転換なのだと思えばいたって普通。理解していただく
必要なし!「メガネは一本あればいいじゃない!車なんて動けばいい!
ハーレー?なんて贅沢な!」こんな感じです。
ぼくは洋服が替わればメガネも替えたいのです。
山に行くときと海に行くとき車が同じじゃつまらないのです。
そしてぼくはバイカーなのです。

 信じられない!

 怪しい!

 ですって。

普通ってなんでしょうかね。
ぼくは毎日愚痴ばかり食卓にならべてお決まりのビールを3本も空け、
煙草を愛し、宝くじに夢を託し。そんなのイヤなんです。

さあ!
悪い事をして金を稼いではいけません。裏切りも。
小沢さん、大丈夫ですよね!

 だからHOBO働くのです。

HOBO、毎回1mmでカットです。ベリーショートです。
だから黒くて太いデカイ眼鏡がいいのです。
「ぼ、ぼ、ぼくは、め、め、めがねが好きなんだな」と
山下清風のHOBOか。

 

 EFFECTORのフレームはカッコいいと思う。ロックしているし、
とにかくダサイ。最近、杉本圭の作品にも浮気しそうだが、
福井で作られたMADE IN JAPANはカッコ良過ぎると思う。
顔の上であそぶ余裕と、そのために必死で働くこのとっちゃん坊やの生き方に
バンザイ!

小沢一郎?
自分の金をどう使おうといいんじゃないの?
法律にふれることと、そこに裏切りがなければ、とわかったことをいう
無所属のHOBO。
政治家もね、もう少し顔の上で遊んだほうがいいと思うな。
遊ぶ場所が油っこい。

ぼ、ぼ、ぼ、ぼくは、め、め、眼鏡が、す、好きなんだな。

がははは ..........

がんばって働こうと思う。
自分が好きだから。
真っすぐ歩きたいなら
 人間、真っすぐ歩くためにはバランスが大事。こころの。

 タイガー•ウッズの性癖についていろいろ言われているが、ぼくは
良い悪いは別にして、わかるような気がしますね。ジョン•レノンに
してもマイケル•ジャクソンにしても変態とまで言われて。

 天才=変態とは言わないが、真っすぐ歩くためにはバランスが大事、
極端から極端、上が極端であれば下も極端じゃないとバランスが悪い
ことになる。天才と呼ばれるひとたちは普通ではありません。感じる
部分が普通のひとたちとは全くちがうのだと思うのです。例えばとて
も固い仕事をしている人とか、真面目一本で生きている人はどこでス
トレスを発散しバランスを保つのか。その極端から極端の差が大きい
ほどハメを外す度合いが大きくなくてはならない。バランスとはそう
いう性格のもののような気がするのです。例えば煙草を吸ったり、パ
チンコをしたり、飲みにいったり、そんなことぐらいで収まってしま
う憂鬱ならかなり軽症。普段から適当な生き方をしている人はそれが
普通だからハメを外す必要もないのかも知れません。責任感が強く、
社会的に地位のある偉いひとは、真逆なところで、だらしないハメの
外し方でなければバランスを保てないのか。
そうなんでしょうかね?

 誰もがひとに言えない癖がある。
どうなんでしょうかね? 


ひとりとは。
ヤマトという名の猫を飼っていたことがある。
黒い猫だったから黒猫ヤマトと名付けた。
臆病な猫だった。

出窓のある5階建てのマンションに住んでいた。
5階の一番はしの部屋だった。
朝起きるとヤマトがいなかった。
探したが部屋にはヤマトの影はない。
出窓がすこし開いていた。
「まさか......」
ぼくは窓をあけて下を見た。

下に停めてあったぼくのスターレットの屋根の上で
ヤマトは震えながらしゃがんでいたのだ。
ぼくは急いで降りていった。
ぼくの姿をみつけたヤマトは震える声で泣いた。
鼻をすりむいただけだったがヤマトはぼくの腕のなかで震えていた。



ぼくは今10階建てのマンションのベランダから身を投げること
だってできる。ぼくはひとりであることの怖さを知らない。ほんとうに
ひとりだと気づくときは、そうだな、それはすでに死んでいるという
ことか。誤って落ちてしまったのか、部屋を出たかったのか、ヤマトに
訊いてみたいがヤマトはもういない。ただ、ぼくの腕のなかで震えていた
黒い猫は確かにぼくの腕のなかにいた。
コーヒーカップと小桜インコ
 大切にしていたジェダイのコーヒーカップが壊れてしまった。
ハンドルのところが折れてしまったのだ。壊したのはぼくじゃない。
母がまたやらかしてくれたのだ。以前もギターをふんずけて割られた
ことがあるHOBOだが、さすがにそのときは殺意がわいた。
罵倒され、泣くまでやりこめられた母は「年金で弁償するから..... 」
とぽつりと詫びた。人としてちいさいと反省したHOBOだが、また母に、
今度は高価なジェダイのカップをやられちまったのだ!

 疲れて帰ってきてコーヒーでも飲もうかとカップを見ると取っ手の
付け根にひびがはいっているように見えた。ひびではなくそれは完全に
もげていて、ボンドできれいにくっつけてあったのだ。
母が洗うとき手を滑らせたのだろう。もげてしまった取っ手を見て
母はどんな気持ちになったのだろう?またぼくにののしられ殺意に満ちた目で
にらまれるのかなと思うと生きた心地がしなかったろうな。かわいそうだな。
今度はギターのときとはちがう、デカイこころのHOBOになるんだと、
こう言ってやったのだ!ふむふむ。
「あれ?これ不良品だね、母さん、ボンドでくっつけてある。
気づかなかったなあ。まあいいか?これも味だと思えばいいもんな!」って。
母はすこし気まずそうな顔をし、白状した。
「ごめんよ、それ、母さんが割ったんだ。ごめんよ」と言った。
ぼくは目頭が熱くなって
「いいよいいよわざとやったんじゃないんだから、年金はいらないから!」
と笑ってやると、母はこくんと頷いた。
次の日の朝ぼくの目玉焼きは2個ではなく3つになっていて、どことなく
テキパキしている母の横顔をぼくは頼もしく眺めたのだ。



 ぼくが小学生のころ、3年生のときだったろうか、
小桜インコを飼っていたことがあった。
みどりと赤のかわいいインコ。
ピーコという名をつけた。
小次郎という近所でも有名な野良猫がいつも狙っていたからぼくは
小次郎から身を守るピーコのボディーガードになったのだ。
母もピーコをかわいがってくれて、母の肩の上でぴーぴーと可愛らしい
声で鳴いた。
 いつだったか夕食を済ませドリフの全員集合をみているとき、母が
「あら、どっかでぴーぴー鳴いてるねぇ、ピーコ?ピーコ?」と
言って心配顔。
探そうとして椅子から立ち上がったとき母の尻の下でピーコは
死んでいたのだ。よく見ると目から泪をながし。
ぼくは母を罵倒し、ののしった。ギターをつぶされたときのように!
「返せ!ぼくのピーコを返せ!返せよ!」と
母の背中を何度も強くたたきながら!
母は次の日、ソックリな小桜インコを買ってきてカゴにいれぼくの
帰りを待っていた。
ぼくはすこし驚いたが「これはピーコじゃない!ピーコは死んだんだ!
母さんが殺したンだ!」とまた罵倒した。



 ぼくは40年以上も前のことを、コーヒーカップのボンドを眺めながら
想いだしていた。母もあのときのことを想いだしたにちがいない。
ぼくはあのときできなかった思いやりのキャッチボールをしたくなった。
母の気持ちになり母の受けやすいボールをゆっくりと母の胸をめがけて投げて
やりたい。1年前にとってしまった右側の乳房にぶつけないように
思いやりのキャッチボールを。
母はあまり遠くまでボールを投げれないので
ぼくはいつも母の横にいて。
いつもぼくは母の横にいて。


 でかい男になりたいと思う。
 でかいのは顔ではなく。
  


 こころ。


 
HARLEY-DAVIDSONとう生き方
HARLEY-DAVIDSONというバイクがある。
HOBO、めずらしくバイクの話をしてみようと思う。

1977年のローライダー、1981年のワイドグライド、
1958年のデュオグライドを所有している。
どれもオリジナルで、10年間ガレージに置いたままだ。
今年こそは今年こそはと言いながら結局10年もの間エンジンに
火を入れることをしなかったHOBO、バイカーとは言えないな。

オートマの車に慣れてしまい、ナビ無しではどこにも行くことの
できないなまけものの社会人はバイクになんか本当に乗れるのだろうか?
ちょっと歩いたぐらいで筋肉が痛くなるようなヤワな社会人に
キックでエンジンなんかかけられるのだろうか?
骨折した足を引きずり泣いている自分を想像しながら、雪解け連休明けの
バイカーズ再デビューを密かに狙っているHOBO。
「ブランク永い」という歌手を覚えているだろうか?
それは俺のことだ。

HOBO、アメリカンが好きなわけではない、HARLEY-DAVIDSONが好き
なのだ。ぎゃくに言えばHARLEY-DAVIDSONを真似たオートバイは最も
嫌いなのだ。オートバイじゃ駄目、バイクなのだとHARLEY-DAVIDSONを
眺めているとつくずく思うのだ。
カメラにしても時計にしても古いものほど魅力的だと俺は思う。
1950年以前になると実用的とは言えなくなるが、50年代、
60年代の道具はとても良く出来ている。豊かだった時代なのか、
メッキにしても塗装にしても、当時のアメリカのHARLEYはとにかく
素晴らしい。俺の場合、道具は不便なものほど愛着がわき、便利なもの
ほど趣きにかけると思っているのだ。コンピューターなどはわざわざ
不便なものを使う必要はないが、考えてみれば、便利なものを道具という
のなら、HARLEYはだから道具ではなく伴侶、カメラも道具ではなく伴侶、
時計も車も伴侶だといえる。そうだな、GUITARも古いほうが音はいい。
だから伴侶なのだろう。
伴侶がたくさんいる俺は幸福なのだ。


「どうですか?今日はすこしその辺を一緒に散歩しませんか?」
と機嫌をとってやらないと奴らはきっと動かないだろうな。
仕事ばかりでほっぽっといた伴侶は淋しかっただろう。
淋しい思いをさせた分、俺はいままで以上の愛をもって彼らと友に
生きようと思う。ブルースを唄うバイカー。

HARLEY-DAVIDSONという生き方、素敵だと思わないか?


俺の前で「しょうがない」って言うな!
 小沢一郎さんや貴乃花さんのことをあーだのこーだのって
言うのはおふくろに腹を割ってる証拠で、なんでも言いあえる
親子だと思うからあーだのこーだのって言うんだな。なのに
「しょうがないでしょうそういう人たちなんだから」
「ひとそれぞれだからしょうがないでしょう?」
これだもの! 

「しょうがない」っていうのはさ、使い方をまちがえると
けっこう傷ついたり。でもしょうがないか、そう言わせてるのは
俺だもの。もっと話を聞いてやればよかったと思う。おふくろが
「しょうがない」って言うのは、俺と話してもしょうがないという
意味なんだと思う。あきらめるとうことは終わりということか。
淋しいと思うが俺とおふくろは、もう「しょうがない」関係だと
いうことか。

「しょうがない」とは、もう自分たちではどうしようもない
という意味ならきついな。「しょうがない」とは自業自得
という意味か。本当に腹を割って話したことがあるだろうか?
あるならホントにしょうがない。すこし投げやりな、未練がましい
イヤな言葉だ。

俺の前で「しょうがない」って言うな!
小沢一郎はタヌキで、貴乃花は変な髪型だって言っただけじゃないか!

遍路の幽霊を見た!
先日、HOBO幽霊を見た。
ひとけのない山の中のトンネルで。

豊浦を越え函館方面に少し走ると、あまり長くない淋しそうな
トンネルが何個かあるのをご存知だろうか?ぼくはそのトンネル
で遍路の幽霊を見たのだ。白衣を着、菅笠をかむり、金剛杖をつき、
半袈裟をかけ、念珠を手首にまきつけ、とろんとろんと歩く遍路の幽霊!
暗いトンネルの端にある人が歩ける50センチほどの通路を
とろんとろんと歩く遍路の亡霊。

「げっ!」

すれ違った遍路はこの世の者でないことはすぐわかった。風格が
ちがっていた。淋しそうに、なにか訴えかけるような殺気。思わず
ブレーキを踏んだHOBO、振り返り遍路の後ろ姿を見送った。
しばらくボーっとしてもう一度振り返ったときには遍路の影はもう
見えなくなっていたのだ!
しかし、HOBO目の錯覚かもしれない、そうあってほしいと願う
気持ちからUターンしてひき返してみた。おそるおそる、遍路の幽霊
を探しながら!



遍路を見つけた!
遍路は道路の縁石に腰かけ、
携帯でメールしながら、煙草をふかしていたのだ!

「げっ!」

おしまい。
お知らせザス!
1月30日の
ながいみゆるさんとのライブは、
HOBO、体調不良のため欠席することになりました。

現在、HOBO、新曲レコーディング準備中。
「とんぼの唄」と「ばあばの手」、
静養しながら貯めたパワーを次回、かならずステージの上で!

HOBO、元気です。
これがローズの音だ!
 Fender Rhodesの復刻の話とバンドのありかたみたいな
ことを前の記事でふれたが、ぼくはこのRhodesというエレピ
はピアノより好きで、もしも部屋の真ん中に置くなら、
Steinway のグランドではなく、まちがいなくRhodesを選ぶ
だろうな。
 丸くて、少しつぶれてて、暖かくて、太くて、芯があって。
Rhodesってそんな音。まるでぼくが求めるギターの音、
いわゆる、J-45のような音なのだ。きっと毎日Rhodesの前
に座り、にこにこしながらその歪みの虜になるぼくだと思う。

 イーグルスというバンドはぼくの憧れのバンドで、それこそ
前の記事でふれたように「わかりあっている」仲間だと思う。
去年リリースされたアルバムも見事な出来だったし、全員が
唄えるバンドはそうはあるものでなく、ドン•ヘンリー
の声には今もHOBOあこがれている。

「 I can't tell you why 」という曲は誰もが一度は聴いている
と思うが、この曲のイントロでRhodesの音が聴けるので紹介し
たい。丸くて?少しつぶれてて?暖かくて?太くて?芯があっ
て?ほら、そんな音がします。Rhodesの音です。

グッときちゃいます。





ついでに
もう一曲行ってしまえ!
おそらくこれもRhodesだと思う。
まちがいない!
GIBSON J-45とRhodesのコラボだ!

わかってるってこんな感じだ
 「わかりあう」ということは大切なことで、バンドをやるなら
そんなメンバーでやれたらいいなと思う。音数の少ない隙間だらけ
の、「わかってるよ!」とうなずく音が聴こえてきそうな。その
緊張感がたまらない。

 Bonnie RaittとNorah Jonesの競演、ちょっと意外だったが、
じつに素晴らしく、しびれてしまった。Norahのヴォーカルは天才
だと思うが、Bonnieのギターはもっと素晴らしい。しっかりと主張し
ながら決しておたがいを邪魔しない。それどころかなくてはならない
和音のような関係なのだ。
 ぼくのいうバンドというのはそんな関係、ヴォーカルは周りを引き
立てる、周りはヴォーカルを引き立てる。だからとても愛している。
好きで好きでたまらないから一緒にやる。誰でもいいわけではない
のだ。いくら上手くてもそこに温めるものがないと意味がないんだな。

 もともとNorah Jonesのバンドは素晴らしいと思っていたが、
ジャンルなんか関係ないんだと思ったな。わかりあうってこんな感じ
かな?おそらくNorahの弾いているのはローズだと思うが、最近、
この永遠の名器「ローズ」が復刻された。とても欲しい。73鍵の
赤いやつ。また、Bonnieが弾くでかヘッドのストラトもじつにカッコ
いいな。

 「わかりあう」ってこんな感じだと思うよ。


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