Mr.HOBO
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スタイル
詩、音、声
こだわるところは自分らしさで、
憧れのスタイルはどこにあるのか?
ぼくは、この人の歌を聴いて、すこし見えたように思う。
この人はまちがいなくこの人だ。
魅力的だと思う。



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自分らしいっていいな
 みなさん、お久しぶりです。
パソコン完全復活とはいきませんが、とりあえず帰ってきました。
Macが近日モデルチェンジするという噂なので、EMOBILEの遅いやつで
だましだまし書いてます。パソコンのない生活は辛いものだと思い知り、
感謝の気持ち一発目の記事、「自分らしいっていいな」。自分らしさにつ
いて書きますね。

「あいつは死んでる」ということがあるが、「死ぬ」という意味にも色々
あって、この場合、死亡するという意味とは明らかに違う。まさしく自分
らしくない人、またそう生きられない人のことを指すのではと思う。もう
終わってるという意味とか。ぼくは自分らしく生きていけないなら死んだ
ほうがまし、と考える、極端な人間だ。だって生きているのは自分だし、
自分を高めることの出来ない人生なら反省も後悔もいらなくなる。人は失
敗しても後悔する気持ちがあるから反省もするし、成長の根っこにあるも
のは後悔する気持ちなのかなとも思う。嘘をつくこともそう、自分は必ず
その嘘を見破るのだ。信実は常に自分の中にあり、自分らしく生きたいな
ら、まず自分に嘘をつかないことだと肝に命じたい。

 以前、Matonのギターは最高だと書いたが、前よりさらにソレを愛する
自分がいる。Matonのギターが素晴らしいというより、ソレを抱えた自分
が好きだといったほうがいいのか、とにかくこのギターは個性的だなのだ。
 Tommy EmmanuelがなぜMatonのギターしか弾かないのかぼくには解
るような気がする。彼が雑誌の取材かなにかで、モーリスやマーチンのギ
ターを弾いているのを見たことがあるが、結局、レコーディングもライブ
も常にMatonのギターを離すことはない。自分らしくあるために必要なも
の、相棒と呼ぶにふさわしい、素晴らしい楽器だと思う。
 ぼくは彼のファンでもなんでもないので彼のシグネーチャーモデルは使
用しないし、つもりもない。ただ、彼の音からは、今の、爪を長くのばし
たフィンガーピッカーとは違うエンターテーメントを強く感じるし、彼の
表現する世界には共感以上の憧れを抱く。自分らしいということはどうい
うことか、彼は知っているのだと思うな。

 マーチンもギブソンもサンタクルーズもコリングスも全てとは言わない
が色々ギターは弾いてきたHOBO。正直、このMatonには参っている。個
性的なのだ。出音が他のギターとは明らかに違う。善し悪しではなく。
かさかさと乾いたオールド楽器のような低音、ポロンポロンと出過ぎない
ジャズギターのような中域、和音を弾くと溶けてしまいそうな高音。何度
もいう、善し悪しではなく、とにかく個性的なのだ。ぼくはこのギターを
弾いて唄いたい。ぼくの声が入り込む隙間がこのギターにはある。このギ
ターでしか出せない音がある。素敵だなと思う。


 ぼくは自分らしく生きたい。沢山の人が生きるこの世界で、ぼくだけを
選んでくれる人を愛したい。なぜなら、ぼくはぼくでありほかの誰でもな
い。ぼくが選んだ君と君に選ばれたぼくが、この世界で生きてゆく。
胸に手をあててごらん?
きっと聴こえてくるだろう。


 コツンコツンと
 自分を掘り当てる音。

 どきんどきんと
 嘘のない愛の言葉。


 自分らしいっていいな。


HOBO何もできんとです!
ぼくは何もできません。
携帯のアドレスも打てないですし、デジタルなことは
なにも分からんとです。ただ弾いて唄うだけ。
映像のUPのしかたも最近ようやくakkiに教えてもらいました。

今回の「ありがとう」も「家族」も、世に出させてもらったのは
akkiのおかげ、HOBO何もできんとです。文句は一丁前です。笑
でも、なにもないところからこんな歌が生まれました。そして
そこに魂が入り、ひとり、歩き出す。ドキッとするような瞬間を
目の当たりにし、朝まで眠れんとですわ。
ぼくには歌があるのです。言葉たちが有頂天で歩く様を見て、
目頭熱くなるHOBO。

HOBO何もできんとです。
おかげさんです。

ありがとう」はヘッドフォンで聴いてください。
akkiの言葉とHOBOの声が頭の隅々に行き届くとき、きっと
「ありがとう」が聴こえて来るはずです。言葉の裏側にある、
本当の「ありがとう」が!!

HOBO何もできんとです。
おかげさんです。
 
「ありがとう」を唄う資格
 ちいさなデジタルの録音機で、「ありがとう」を録った。
ギターはMatonの808を使用。ハープはトンボのF。
「家族」のときもそうだったが、ひとの書いた詩に曲をつけて唄う作業は
もうひとりの自分を観察するようで面白い。自分の詩だと、まず、字数に
自分の癖がでる。だからどうしてもワンパターンの似かよった作品ができ
がちだ。それを個性というのだろうが、できれば色んなパターンの曲を作
ってみたい。
 akkiの詩はとても大雑把だが、彼の温かな人格を作品の中に見ることが
できた。独特な照れが彼の優しさだが、俺の声が彼の心の声になれたかど
うかは、これを聴く皆さんが判断してくれたらいいと思う。すこし時間を
いただければ彼のブログでそれは聴けるはず。もっと上手く唄えたかなと
いう感はあるが、何度も録り直すと「想い」が分散してしまうので、一発
録りというラフなテイクにMindを感じ取ってもらいたい。


 先日、高校の同級生が亡くなった。葉書き一枚でそれは知らされ、出来
事として俺の頭の片隅に。もし俺が死んだら誰が悲しんでくれるのか、俺
はいったい何なのか。人ごとのような自分を少し軽蔑した。年内に同級生
が集まるというが俺はきっと参加しないだろう。バランスの悪い心持参で
空気を汚したくないからだ。



 
 想いのない歌を唄わない俺だ。この「ありがとう」を上手く唄えたかど
うかより、おれはこの歌を唄う資格があるのだろうかと、自身に問う。
自分以外の死について唄うことの意味は、薄っぺらな技巧じゃ通じない。
唄うことと生きることが同じなら、この歌は間違いなく俺を試している。

 ちいさな録音機に収まったこの叫びを、早く君に贈りたい。
ありがとう
母ちゃんのおにぎりでっかくて
梅干しひとつ ありがとう
父ちゃん 弁当作ったら
日の丸ひとつ ありがとう

忘れはしない 梅干しの
甘くて酸っぱい 親心
弁当箱のふたを立て
隠して食べてた 恥を知れ
隠して食べてた 恥を知る



父ちゃん 割り箸捨てないで
持って帰るよ ありがとう
母ちゃん 割り箸洗ってる
父ちゃん 今日もありがとう

オイラの弁当 割り箸が
ちゃんと袋に入ってる
父ちゃんの割り箸 どうだった?
いま知る我が身の 愚かさか
いま知る我が身の 恥を知る 



あんちゃん バカヤロー!親不孝
どんだけ泣いたかわかるまい
あんちゃん どうして先逝った
母ちゃん父ちゃん 泣かすなよ

いつまでたっても追い越せぬ
憎らしいけど 大好きだ
ケンカばかりしてたけど
ひとりじゃ 喧嘩 できんもな
ひとり 裸足で逃げられぬ



母ちゃんのおにぎりでっかくて 
梅干しひとつ ありがとう

父ちゃん 弁当作ったら
日の丸ひとつ ありがとう

母ちゃん父ちゃん ありがとう
あんちゃん いつもありがとう

母ちゃん父ちゃん ありがとう
今なら言える ありがとう

あんちゃん今日も ありがとう
今なら言える ありがとう

今なら言える ありがとう
今なら言える ありがとう




「ありがとう」を聞いてくれ






ニュー*シネマ*パラダイス
ぼくの中の少年に会いたくなったら
この映画を観るといい。

この曲が頭から離れないのだ!




MATON GUITARの実力
 経緯は話せないが、あこがれのMATONのギターを手にいれた。808ア
ーティストというモデルで、ピエゾとマイクをブレンドできるタイプのエレ
アコだ。ぼくは今まで後付けのピックアップを好きなギターに取り付け、そ
こそここんなものかと思いながらやってきた。最近のピックアップの実力は
そうとうなもので、当時、バーカスベリーをガムテープで貼付け、ハウリン
グの連続というPA泣かせの時代は終わった。とにかく最近のピックアップは
どのメーカーも素晴らしい。
 
 いつもは何本かのGIBSONラウンドショルダーにフィッシュマンのブレン
ダーを取り付け、やはりそれもマグネティックとマイクをMix。
エアー感のあるナチュラルな音にわりと満足。インブリッジのピエゾだと音
がプリプリしてどうしてもタカミネやオベーションのいやらしい音を思い出
し、やりきれない。プリアンプの現状を考えると使えないこともないが、耳
につくプリプリはどうも。思うが、ライブで使い倒すならエレアコに軍配が
あがると思っているぼくはまだまだアマいのだろうか。

 コールクラークのギターにしてもMATONのそれにしてもルックスの好き
嫌いはさておき、出音は非常にナチュラルだと思う。もともとギターはバカ
みたく鳴る必要はなく、バランスの良いギターのほうが扱いやすい。最近の
フィンガーピッカーたちのようにエフェクターを多用し、ギター本来の木の
温もりのない表現をぼくは好まない。できれば良質なコンデンサーマイクで
生音を録れれば一番だがそんな腕のあるPAマンは近くにはいない。箱に入り
、ギターにシールドをぶち込み、ガンっと一発という乗りの方が面白い。は
ね返りの早い硬質ではあるが独特なトーンをもつMATON 808、ぼくはもう
これなしでは生きられない、のりピー状態のギターライフである。

 おそらくオーストラリアの自然環境のなかで、木材のセレクトについては
自国独特のこだわりは感じ取れる。MATONやコールクラークはポリシーの
あるメーカーだ。ジャックジョンソンやベンハーパーが使うMATONの音を
聞いて、良い音だと感じるひとはいるだろうか?良い音というよりは独特な
トーンももつギターというイメージか。ぼくはこの、人の声のような出音が
たまらなく好きなのだ。低音が少しつぶれ、針金のような不器用な音のする
高音。鈴のような音のするMARTINよりも針金の音の方がそれらしくていい。
 先日、親友GONと食事したが、かれはこう言った。「メーカーや値段は関
係ない。良い音を出そう思うこころと技術があれば、聞く人を感動させられ
る」と。弘法筆を選ばずといったところか。たしかにライクーダーにしても
デビッドリンドレーにしてもメーカーのわからない日本のギターを使ったり
する。筆を選ばずではない、きちんと選んでいる。こだわるところはメーカ
ーや値段ではないとGONは主張するのだ。

 ぼくは高いモノがほしいわけではない。自分だけのトーンがほしいのだ。
プカプカのなかに出てくる男好きな喫煙女じゃないが、ぼくは周りの人がな
んと言おうが、あいつはやめとけと言われようが、ぼくにとって必要なトー
ンだと思えたらそれを手にいれるだろう。好きな女が泣いているトーン、笑
っているトーン、いつもぼくのそばに置いて、ぼくだけの君でいてほしい。
ぼくの横にあるMATONをながめ、「末永くよろしく」と、こころの奥でそっ
と手を合わせるHOBOだった。

 きみにとってぼくは
「きみだけのトーン」なのだろうか。

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