Mr.HOBO
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FURCHを抱いた渡り鳥
 FURCHのguitarが好きだ。
Gibsonオンリーだったのに。
コレクターではないけどFURCHが4本になった。
MartinでいうOMより少し大きな「G」。カッタウエイのほうが、
トップがシダー、サイドバックがマホガニーだ。
カッタウエイのないほうが、シダートップ、ローズサイドバック。
G-23CMCT,G-23CRだ。
双子の兄弟といった感じだが性格はまったく違う。
ぼくはピックを使わないので固い音は好まない。
古くなった角のとれた弦の音をつねに求め、今のところ、
マホガニーのほうが温かい音がする。
ローズのほうは、ピアノのような単音、メロディーを弾くなら
こっちのほうが良いかもしれない。
つくづく思う、FURCHは素晴らしい!本当にスバラシイ!





 ちょっとデカイ「S」。
ポジション、持った感じがとても良く、弾きやすい。
色の黒いほうが,「S-23CMCT」。
シダートップ、マホガニーサイドバックだ。素晴らしい音がする。
出過ぎず、温かく、まるい。10年後が楽しみ、見えてくる。
それにしてもシダーとマホの相性は、good!good!good!
順番待ちで、Mファクトリーのピックアップに決めた。
待ちきれない、楽しみだ。
 色白美人は「S-24SRCT」。
スプルーストップ、ローズウッドサイドバック。
ツブだちの良い名器、大当たり!この品番のモデルは現在
生産してないらしく、シルバーメッキのペグに白いバインディング。
もっと焼けて、もっと枯れて、角のとれた大人になってほしい。





 このまえ、バイク屋のショーウィンドゥに見覚えのあるバイクが
置いてあるのを見かけた。古いHARLEY-DAVIDSONが泣いて
いるように見えた。それは知人が大切にしていたバイクで、
彼ははバイクを降りたのだという。糖尿病で、眼が見えなくなって!
 眼が見える僕は幸せだと思う。それなのに不平不満を並べ、
要求ばかりの僕は「馬鹿者」だとも思う。
「FOR SALE」の紙を横目で見ながら、僕は大急ぎで家に帰って
FURCHを思い切り抱きしめた。
少し増え過ぎた子供たちを眺めながら。
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今年こそはバイクに乗ろう!
 


春だ!
ぼくの部屋にあるキャプテンとビリーのポスターが
気になり始める季節。
ああ!今年こそはバイクに乗ろう!
ガレージに眠ってるバイクに火を入れよう!
 
 


石狩、望来、左に凪いだ海を見ながら、
朝焼けの中を真っすぐ。ナンて。
ノーヘルはヤバいな、社会人として、詩人として!
自由の象徴? まずいな、しかし。
ブルースな毎日?革ジャンとか?ブーツとか?
んー、マイっタな。
半袖のシャツ、詩人とバイク。んー。
ビリーのほうが好きだな。
ビルウォールやストップライトを身につけて
飛び出そう!
イエーっ!

子供の眼
 


 たまたま担当した生徒さんのおうちにいた4歳になるチビ助が
描いてくれた僕の似顔絵です。
 生徒さんの母の生い立ちを聞いて思わず泣いてしまったときの
僕の顔だそうです。 確かに丸い眼鏡はかけていますが、僕には
ヒゲもないし。しかし周りの人たちに訊くとソックリだと。

 他人の欠点や癖を指摘したり、相手のことになるとよく見える眼鏡
なのに、自分のこととなるとからきし盲目、それが僕の眼鏡。
丸ーるい眼鏡。子供の眼がほしいな。
相手のことを考えたり、受け入れたり、認めたり、信用したり、全て
自分がしてもらいたいこと。僕の顔がこんなんだったと見ているうちに、
なんだかピカソの絵のようにも思えて。
 子供って凄いな。なんか怖いな。
 見抜かれてもいいような白い心でいたいな。
「枯れる」


「枯れる」という言葉がある。
「嗄れる」とか「涸れる」と書く場合もあるようだ。
 ふつう、「枯れる」というのは、水分がなくなって萎えてしまうことを
指し、極端にいえば「死」を意味することもあるのだという。
 いっぽう、「円熟する」とか「味がでる」とか、そんな意味もあるらしく、
いずれにせよ、急いではわざとらしい、年月を経てはじめて内側から
湧き出てくるもののようだと感じている。嫌いな言葉ではない。
 音源もアナログからデジタルへと代わり、「深み」とか「温かさ」という
部分では不満がつのる僕ではあるけど、ライクーダーやレイボーンの
ストラトの音はアップルで聴いてもやはり素晴らしい!
 死んでも未だに聴く者のハートをつかんで離さないレイボーンのリフや、
淋しげでもあり、どこかひょうひょうとしたライのスライドには時代を超えた
誠実さがある。枯れているのだ。 
 ライのアルバム、「クロスロード」のサントラや、「流れ者の物語」の中の
数々の曲を聴いて僕は何度も泣いた。レイボーンが古いドブロを抱え、
ハットを深くかぶってうつむくジャケットは文句なしカッコイイ!!

 僕のストラトは良き時代の、いわゆるヴィンテージのリイシュー。
ラッカーのウエザーチック、傷、色、パーツ。よくできている。
しかし枯れていないのだ。急いじゃ駄目だとつくづく思う。
 まだ枯れていない僕に寄り添うように横たわる僕のストラト。
 肩を抱いて、話しかけ、少しだけ微笑んで、その「枯れ」を創っていこうと
思う。

 僕の横にいる僕の大事な人。
大切なあの人も、そう いつかは枯れる。
年月を経てはじめて太くなる信頼と、枯れながら暮らしていこうと思う。
「べつの解釈」
 僕の知り合いで喫茶店をやっていた人がいて、よく通っていた。
彼の生き方や考え方が好きだったから。ヒゲの隙間からもれてくる
フレーズがとてもオシャレで、「間」がとてもいい。
 いつだったか店に行くと、彼、なぜか不機嫌。いま帰った客に何か言わ
れたらしい、どうやら。
 「ここのコーヒーは札幌で一番うまい、いや北海道で一番、全国一
かもしれない」って。
 「よかったじゃん!」と僕が言うと、彼の不機嫌は更に加速。
 彼いわく、
コーヒーのプロに、「コーヒー煎れるの上手いですね」はないだろう!
ということらしい。
豆がどうで、挽き方がどうだの、温度が、時間が、水が。。。。。
コーヒーが旨いなら、「ウマい!」の一言でいい。黙ってまた来てくれ、
それが客の礼儀だ!ぐらい言って。
 「この店を意識して言ってくれてるんだから、ありがたいじゃん」
と僕がいうと、また彼のヒゲがわなわなと震え出す。
一本気な職人の彼は、その一年後店を閉めてしまった。

 「素晴らしい!」と讃える言葉がある。
僕にとってこの言葉は「グレート」とか「ブラボー」とか、
そんなたぐいの大好きな言葉だ。
作者の「意」を無視して、解ったようにふるまう解説者。
イメージしたり、感じたり、ふるえるような想いは、一言で言い切るのは
ちょっと乱暴だ。作者の想いが100パー正しい形で読者に伝わったとしたら、
その作品は歩き出すことのできない薄っぺらなもののような気がして
ならない。読者が自分の生き方とだぶらせ、その人なりの解釈をするから
奥深い。どんな形にでも変化し、成長できる「言葉」って素晴らしい!

 この前、 久々に彼の店の前を歩いてみた。
鍵のかかった店のドアに「貸し店舗」と書いた不動産屋の貼り紙があった。
もしもあの時、客の言葉を笑って流せる彼の「べつの解釈」
があったなら、今日もあの分厚いカウンターで、彼の煎れたコーヒーを
飲むことができたのだろうか?


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